好き嫌いしよう!充実した人生には好き嫌いが必要だと感じた話

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今年の春スマホデビューしたんですけど、スマホケース、種類がめっちゃ多いですね。

絶対に壊したくないし、でもカワイイやつがいいなぁ・・・と決めかねて、透明カバーをとりあえず購入しました。

その後じっくりと時間を掛けて気に入ったケースを選ぶつもりだったんですが、もうずっとそのまんま使い続けそうな予感。

すごく気に入ったものに出会えるって、難しい。

こんにちは、メリッサです。

あなたがすごく好きなものって何ですか?

めっちゃ嫌いなもの、ありますか?

好き嫌いをするって、一見悪いことのように思えるしそう言われがち。

でも大人になって、親になって、私はこの「好き嫌いをしないでー」ということをあんまり言いたくないなと感じています。

むしろ、好き嫌いは子供のうちから大いにしてもらった方がいいのかもしれない。

「大好き!」と胸を張って言えるものがある人がを羨ましいと思っているんです。

めっちゃ嫌いなものがある人は、自信を持ってその嫌いを貫いてください。

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好き嫌いしなさい!充実した人生には好き嫌いも必要だった

めっちゃ嫌いなものがある人は、その分すごーく好きなものがある。

好き嫌いがないことって、良いことに思えるて実はすごくつまんない人生かもしれない。

アイドルが卒業して泣きながらライブに駆けつける熱烈なファン。

俳優さんが結婚して○○ロスだと仕事を休んじゃう人。

お花を踏んでいることも気付かないくらい夢中になって電車の写真を取る人。

パンケーキを食べるためにお店の前で長時間並んでいる人。

TVでそういう人たちを見ると、「すげーな。良いなぁ、そんなに夢中に慣れるものがあるって。」と羨ましくなる。

別にバカにしてるわけでも冷めた目で見てるわけでもないんです。

それだけの熱量を注げるものがあるって、ただただ単純にすごいなと。

「好き嫌いしないで何でも食べなさい!」

焼肉してたら、お肉ばっかりじゃなくてピーマンと玉ねぎも食べなアカン。

食べ物だけじゃなく人間関係でも、嫌いな人を作らずに誰でも分け隔てなくみんなと仲良くできることを求められる空気が小学校時代以降はあった気がする。

学校や会社というある程度の限られた人間で成り立っている組織が、円滑に物事を進めていくためにはある程度必要なのかもしれないが。

でも、嫌いと好きのベクトルって、同じくらいにしかならない。

なれないんじゃないか。

と感じることがあります。

好きなものを好きと言うには、めっちゃ好きじゃないと無理。

スマホケースをどんなのにしようかな?と選んでいると、他人のものが目に入るようになりました。

普段は全然気にならないというか、自分がガラケーだったころはなぜ皆がケースを付けるのかすら分からなかった。

友人夫婦がウッディーとジェシーのスマホカバーをペアで使っているのを見たときは、

「トイストーリーと旦那様のことがめちゃめちゃ大好きなんやなぁ。」

という印象を受けました。

ペアルックとかお揃いでって私したことなくて、何故するのかを心底では分かってないかもしれないんですけど、

この人、私と超仲良しなの!私のなの!とアピールしたい

からペアルックを着るんだと思うんです。

「私の!」という気持ちが、自己満足の域を超えて人にも知ってもらいたい!と強く思うほど大好きなんですよね、きっと相手のことが。

いや、実に素晴らしい。

そして、スマホケースもそう。

スマホケースをキャラクターで選んでる人は、好きか嫌いか聞かれて「まぁ別に、普通?」くらいのものは選びませんよね、多分。

壊れない為に必要という理由で「壊れない」にとことんこだわった物を選んだ人もいるでしょうし、

何よりi phoneが好きだから、壊れるのは怖いけど何もつけずに見せるぜ!って人もいるでしょう。

でも何かしらのキャラクターとかデザインとかを気に入ってそのカバーをつけている場合は、

アリエルが好きだからアリエルにするんだろうし、

スパイダーマンが好きだからスパイダーマンにするんだろうし、

ドラえもんが好きだからどこでもドアにするんだろう。

ちなみに、暗記パンもあるねんで。

ちょっとアホな小学生男子以外に誰が買うねん!と思うけど、スマホを使うってことはある程度の年齢以上なはずやで、売り切れになってたりもするので需要はあるんでしょう。

あんま興味のないぐでたまのケースは、多分貰っても使わないだろうし、

微妙な上司が同じキティーちゃんのケースを使ってたらきっと変える。

スマホカバーは、毎日使うスマホに付けるカバーだからこそ、毎日見てて「うん、やっぱコレ良い♡」と幸せな気持ちになるような好きなキャラを選んでいるはず。

私はどれだけたくさんのスマホカバーを見てもコレ!っていうものに出会えない。

出会えるはずがないんです。

だって、そもそも好きなものがないんやもん。

思い返せば子供の頃から、好きと言えるものがないんよな~。

息子たちが小学校や幼稚園に行くようになって、入園グッズや学校用品を選ぶときにもしみじみ思うんやけど。

「手提げかばんもお弁当箱も水筒も、絶対にプリンセス!」

と、こだわりのある子がすごく羨ましい。

そして、その子は「家に生地が余ってるから、ミニーちゃんにしない?」とママに提案されても「絶対に嫌!!」といって譲らへん。

なるほど、そういうことなのか・・・とね。

食べ物の好き嫌いで性格どうこう気にするのやめよか。

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毎日3食続いても良いくらい、ラーメンが好き!

お寿司と焼肉なら普段の何倍でも食べられる!

というような、大好きな食べ物がありません。

焼肉は好きだしハンバーグも好きだしラーメンも好きだけど、どれも2食以上は続いて欲しくないし、続くと当分食べたいとは思わなくなる。

逆に、大嫌い!という食べ物もありません。

出されたときにテンションが上がらないお夕飯もあるけど、そのときそれを食べたいという気分じゃなかっただけで、嫌いなわけじゃない。

嫌いな食べ物がないって一見良いことのように思えるけど、その代わりに大好きなものがないんだとしたら1つくらい嫌いなものがあった方が良いのでは!?とさえ思う。

別にピーマンが食べられないからって成長する上で困ることはないし、栄養は別のものから摂ればそれでOKでしょ。

外食したときにどこかで、「あ、あの人良い年してピーマン除けて食べてるわ。ダサッ。」って誰かに思われるかもしれんけど、それは勝手に思わせとけばいいだけの話で他人の目をそんなに気にして生きなくてもいいと思う。

(それにピーマンの入っていないメニューを選べばいいだけやし。)

「ほうれん草のおひたしは嫌いやけどコーンと一緒にバターソテーにしたら食べられる!」と言うなら、食べられる料理で食べればいい。

まぁ、バターソテーを食べているうちに他の調理法でも食べられる種類が増えてきて、最終的におひたしも食べられるようになったら親としては助かるけどね。

確かに極端な偏食で野菜も魚も一切食べなくて肉しかダメ!とかなったら健康的にも印象的にもあまり良くないんだろうなとは思う。

けど、1つや2つ嫌いな食べ物があるからって、ムキになって「好き嫌いはダメよ!」「わがままな人!」「育ちが悪いのね。」みたいな話になるのは違うと思う。

私ホンマに好き嫌いないけど、協調性はないしあんまり人間関係スムーズに行くほうじゃないです。これ!と胸張って言えるような特技のない、ただの平凡な女よ。

好きと嫌いのベクトルは、向きが違うだけで大きさは同じ

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大っ嫌いなものがないかわりに大好きなものもない。

そんな人生って、なんかつまんない気がする。

めちゃめちゃ嫌いなものがあっても、その代わりに誰に何と言われても自分はこれが好きやねん!と胸を張って言えるものがあったらその方が「どれもこれも普通。」より人生充実してると思う。

緩急や喜怒哀楽がしっかりとある生活の方がそうでないよりも絶対に楽しい。

1つのことをずっと長く継続したいと思っても、夢中なものに注げる熱量がかなり大きくないと続かないよね。

それにはやっぱり大好きが必要で、そのために大嫌いが生まれてしまっても構わない。

好きと嫌いのベクトルは向きが違うだけで大きさは同じで、大嫌いが生まれないと大好きもきっと生まれない。

好き嫌いを大人になってから作るのは難しい

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3十数年間これまで大きな好き嫌いがなく生きてきたのに、急に大嫌いと大好きを作りたいと思っても、急に作るのは難しい。

性格や好みや考え方といったものを極端に変えるのは、そうでなくても難しいもんね。

特に私は「考えていることを極力誰にも伝えずに内に秘める」ことを強く意識して生きてきたので、「好きなものを好き」ということに対しておそらく他の人よりも抵抗がある。

自分は幼い頃に「好き嫌いするな。」と言われたし、洋服や学校に持っていく道具にしても自分が「これがかわいいな。」と思ったものに対して親が「いや、こっちの方が良いって!これにしとき。」と意見をかぶされると従うしかなかった気がする。

それを繰り返すことによって、自分の好きと嫌いがどんどん平坦化していって、好きと思っても仕方がないし嫌いと思うことは悪いことだ考えるようになった。

その結果が今の好きも嫌いもない状態なのかもしれない。

だから尚更だと思うのだけど、でもこれからはどんどん好きなものは好き!そうでないものは嫌だとはっきり言っていこうと思う。

そして、子供たちにもそうなってもらいたい。

自分がされたのと同じことを我が子に向かってしてはいけないんだよね。

よし、食事中に「好き嫌いすな!!」と子供にしつこく言うのはやめよう。

部活で使うかばんを選ぶときに、「えー!?こっちの方がカッコ良くない?」なんてアドバイス風の愚かな口出しもしないように気をつけよう。

長く使って欲しいものなのに「ポケモンのやつ!」とか言われたら何とかして止めたくなるのが親ってもんだけどさ。笑

子供には好きなものは好き!と周りの人にどう思われても気にしないくらい夢中になれることに出会って欲しい。

好きがひねくれるとちょっと怖いんだけどね。

ある朝のこと。

息子は3人とも牛乳が好きで、朝食のときはパンだろうがご飯だろうが一緒に牛乳を飲むことが多いのだけど、その日は残りがもうコップ1杯分しかなくて。

「これだけしかないんだけど、牛乳飲む人ー?」

「はーい!!」 ×3人

「ちょこっとずつ分けて飲むか、じゃんけんして勝った人が飲むか、どうするー?」

(お菓子でもおかずでも何でも、残りの数が欲しい人数分に足りてないときはどうするか、私は選択肢を提案するだけで決めるのは本人たちに任せています。)

そのときは全員一致でじゃんけんだったのですが、勝ったのは次男でした。

私がキッチンに戻ってしばらくすると「お兄ちゃんが俺のコップ引っくり返したー!!」と泣きながら訴えにきた次男。

テーブルの方を見ると「僕が一番に欲しいって言ったのに!!」と大泣きする長男。

どうやら、牛乳を最後に飲もうと次男が大切にとっておいたコップを見て、どんどん悔しさや悲しさが増えていった長男。

自分が飲めないのなら・・・とコップを引っくり返した様子。

コップは床に落ち、牛乳はすべて床とマットにこぼれてびちょびちょ。

結局、誰も飲めなくなりました。

これってさ、ストーカーが「大好きなあの女性が僕のものにならないのなら・・・。」と殺してしまう心理と一緒じゃない?

大好きな気持ちがいつでも相手に伝わるとは限らないもの。

大好きなものが絶対に手に入るとも限らないもの。

好きなものなら手に入れるために何をしても良いではなく、健全に、且つ、必要な努力を惜しまないという姿勢は、私や夫が見本にならんとあかんね。

好きなものは好きと言える気持ち、抱きしめてたい

なんや、結局マッキーはええこと言うてたんやな。

僕が僕らしくあるためには好きなものは好きといえる気持ちは大事で、愛する人を守れる強さが自分の力になるのね?

まずは子供の好き嫌いに(極力)余計な口出しをしないように決めて、

自分の大好きなものに出会うために、嫌いな気持ちにも素直になってみようと思います。

納豆なんか嫌いやー!今後もう絶対に食べん!!

子供に「好き嫌いせず何でも食べなさい。」と言うために自分が嫌いなものを頑張って食べている人がいたら、それ今すぐやめましょう!

食べ物を無駄にしないことと、好き嫌いはまた別。

でもやっぱり最終的に、私の定番はコレ!と言えるくらい大好きなものに出会いたいなぁ。

なくてはならない、自分の生活の一部になるくらい、大好きなもの。

夫となにかお揃いのもの買って、ペアルックしてみよかな。「これ私のです!」って?笑

最終的に、お気に入りのスマホケースが見つかったらご報告します。

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