先週末、継子弟の部活(野球)の試合がありまして応援に行ってきました。
事前のやりとりではスタメンぽい雰囲気だったのに、守っているはずのファーストに目をやると、「ん?違う子やんね??」
体格がちょっと細身で、メガネを掛けてるし、双子兄にそっくりやけど・・・。
普段は夫よりも先に私が見つけるほどなんですけどね、対戦相手が強豪校やし今日はベンチかな~?と補欠メンバーをチェックしに行ってもいない。
そこに継父(夫の前妻の現旦那さま)がやってきて、「あ、こないだから眼鏡掛けてて。あのファーストそうですよー(笑)」って教えてくれて。
そうやったん!!
双子兄に似てる子おるから、おかしいなと思っててん。
双子弟の高校のはずやのに兄おるわけないし、弟どこやねんってなってたわ~!!
って言ってたら、
夫「兄に似てると思ったんなら、もうそれ弟やろ!!」
ってツっ込まれました(汗)
一卵性双生児で周りから見るとそっくりとも言われるんですけど、家族からすると似てなくて、もう兄は兄やし弟は弟で全く別なんで、そんな風に思いもしませんでした。
まぁでも落ち着いて考えると、「まぁそうか。」って感じなんですけど。
そんなことってないですか?(え、ない??汗)
こんにちは、メリッサです。
子供たちがやりたいことを親の立場で応援することの難しさについて、最近ちょっと悩んでいます。
夢中で大好きで本気で頑張りたいと思っていることなら、張り切って応援する。
自分のやりたいことを後回しにしても、子供のやりたいことを優先する。
それに対してガッカリというか、「自分もやりたいことあんねんけどな~」っていうネガティブな気持ちは生まれません。
でも子供に「やらされてる感」みたいなのが見えると「いや別に嫌々するなら辞めてええねんで。アホらしい。」って思ってしまう。
タダじゃないし、親の負担が0な訳でもないし、他の家族も協力して成り立ってるんやから、嫌なら辞めてくれたらむしろ助かりますけど?
って、そういう考えは冷たすぎますかね。
親がわざわざヨイショして気分持ち上げてあげてまで通わすことに意味を見出せないというか、
子供の習い事やクラブに対しての親の熱の入れ度合いを模索中っていう話。
Contents
子供のやりたいこと・やるべきこと・やらされていること
小2の長男は小学校のミニバスチームに所属して、毎週末と平日1回練習に行っています。
このときの記事はミニバスを始めて1ヶ月くらいのすぐの時期で、「今の気持ちがずっと続くといいなぁ。」ってヤル気の芽をいかに育ててあげるかを考えていました。
それから3ヶ月。
バスケは嫌いじゃないっぽい。
だけど夢中っていう感じでもない。
バスケじゃなくても仲良しの友達が誘ってくれたら野球でもサッカーでも同じように行きたいって言ってたと思う。
っていうか、もっと向上心を持って練習したら?
母は息子の態度に物足りなさを感じ始めておりました。
週末のバスケのために金曜日に宿題を済ませておかないといけないとか、体調を整えるためには見たいテレビも我慢して早く寝るとか、もう行き始めて5ヶ月になるねんから準備は自主的にするとか、何時からどこで練習(あるいは試合)だから何時までに起きて準備しないといけないとか、
そういうの全部、やらされてる顔ってどうよ?
練習はボール遊び、試合は遠足!?
息子の練習の様子を見ていると笑顔の時間が多くて、その次がボーっとしてる時間で、コーチの掛け声が耳に入っていないことも多く、動き出しが常にワンテンポ遅れています。
遠征試合に出掛けるときは遠足気分で、他のチーム同士の試合を見て勉強するように言われているときも、ふざけて遊んで毎度注意されている息子。
ミニバスのルール上、人数がギリギリのときはどれだけ下手な息子でも試合には出られるし、点数差が大きく開いて勝っているときは経験として1・2分は試合に出してもらえます。
それで満足している様子。
他の子もっと必死な顔で練習してるで?
ひとつのメニューが終わったら、ハァハァ言いながらドリンク飲んでるで?
コーチの話も真剣に聞いてて、欠伸してたのアンタだけやで?
周りの人には「まだ2年生だから。」と言われるのですが、もう2年生と思いもある。
遊びで満足するならわざわざチームに所属する必要はない訳で、公園でボール遊びしてくれてる方が母は楽やねんけど。
バスケは上手くなって欲しいけど、それよりも。
バスケを始めると言い始めたときは、正直「え?なんでバスケなん?」って感じでした。
夫はバスケ経験者でしたが今は全然していないし、継子2人ともずっと野球やし、私も『男は野球』っていう考えの父に育てられたので(少年野球の監督をずっとしているような人でした。)、
漠然と男子は野球するもんやと思ってました。
でも本人がやりたいなら野球を無理強いするつもりは毛頭なくて。
技術面ではそりゃボールの大きさからルールから全然違うけど、スポーツを通じて学ぶことというのは大差ないんじゃないかと。
- 一生懸命何かに全力で打ち込むこと。
- 仲間と協力して助け合って同じ目標を目指すこと。
- 先輩後輩などの人間関係や、あいさつ・マナーなど。
- 努力すること、努力しても届かないことだってあるということ。
- やりたいことをするためにはまずやるべきこともしないといけないということ。
- 自分がやりたいことをするためには周りの協力があって成り立っているということ。
挙げればキリがないけれど、ミニバスを始めたらミニバスだけでなくて、少しずつでもこういったことが身についてくれたらという希望があります。
そして少なくとも親よりも本人に熱くいて欲しい。
私の習い事経験を反面教師に
私の子供時代は自分からこれをやりたいと言って始めた習い事よりも、物心ついたときにはすでに始めていたり親に勧められて始めたものばかり。
月曜日は絵画教室。
火曜日は合唱団でコーラス。
水曜日はプール。
木曜日はピアノ。
金曜日は英語。
土曜日は書道。
確かこんな感じで、日曜日だけは習い事がなかったです。忙しい小学生。笑
私の習い事は月謝以外どれも親の出番はほぼなくて(半年や1年に1回の発表会に付き添ってもらったくらい。)、弟の所属する少年野球チームの監督が父で保護者のお手伝いを母がしていて忙しそうにしていた記憶があります。
絵画教室は小学校6年間、ピアノは2歳前から16歳まで、書道も1年生直前から18歳までと、長く習い続けていたものもありますが、今何か役に立っているかと聞かれると「ふむ・・・(悩)」です。
要は私の気持ちが全然入り込んでなかった感じ。
出来の良い姉の能力を伸ばすために先生に勧められた習い事に、親が『姉妹平等に』となぜか私までワンセットで始めさせたもののやはり開花しなかったっていう切ない系か、
左利きを直すために右手の訓練で始めたけど結局直らずっていうガッカリ系。
どれも平均程度で変に習ってたと言っちゃうと恥をかくレベル。
子供全員に習い事をどれもこれもさせてあげられる経済状況でもないし、私の経験も重なってまずは子供の『やりたいの気持ち』を重視したいと思ってるのだけど。
過保護と放置のあいだ
子供の『やりたい気持ち』っていうのは湧き出るのを期待しちゃダメなのか、親が育ててあげないといけないのか、だとしたらどこまで引っ張ってあげないといけないのか。
やりたい気持ちにも波があることは私も経験してきたから分かる。
だけど、自分がやりたいことをするために他の家族も巻き込んでいる以上、続けたいならそれなりの頑張りを見せてもらいたいと思ってしまう。
何でも希望が通って当たり前、楽しいことだけするっていうのは違うんだよ?
試合に出たかったらしんどい練習もしなアカン。
ホンマのホンマに分かってる?
って、小2の長男に求めてしまうのだけど、求めすぎなのか今までが甘々過ぎたのか分からなくなって。
何でも手助けしてあげ過ぎると過保護やし、見守ってるつもりでも全く何もしなけりゃ放置になりそうやし、その間のちょうど良いところを探したいけどまだすぐには見つけられそうにもない。
《まとめ》親も人間。一緒に成長すればいっか♪
高学年メンバーにはそれぞれ個性というか、性格に適した立ち位置みたいなのがある。
みんなを率いるリーダータイプ・その補佐タイプ・周りを見てさりげなくフォローする縁の下の力持ちタイプ・気分を盛り上げるムードメーカーなど、
ミニバスを始めてまだ1~2年の子が多いのだけど、常に目立っている子以外もよく見てみると欠かせない存在だということが分かる。
今は背も一番小さくて、腕の力も人一倍弱くて、全然バスケは上達していない息子。
だけど高学年の先輩メンバーにはかわいがって貰ってるし、違う学年に仲良しの子が出来て学校に行く楽しさも増えたと言う。
技術はまだまだにせよ数少ない長所(コミュニケーション能力)を伸ばせば、息子にも今の高学年メンバーのような個性を活かした存在意義が生まれるんじゃないかと期待したいけど、今のところイイトコ取りで、ギブ&テイクのテイクが完全に欠落している。
これは今までの育て方の問題?
親が背中を見せていくべきところ?
まだ2年生なのかもう2年生なのか。
後期の部費を払うにあたり本当に続けたい気持ちがあるか確認したら「やりたい。行かせて欲しい。」と言った息子の言葉を今は信じるしかない。
私はどちらかというとコミュ力が欠落している方の人間なので、保護者同士のやり取りで成長させていただこうと思う。