妊活・不妊治療においての夫婦の温度差についてのこの記事。
妊活を経て妊娠・出産した今では落ち着いて客観的に「そうなんだよ」って言えますが、当時の自分はそれほど冷静だったわけではありません。
それこそ「離婚した方が良いかも…この人との赤ちゃんを望む理由がもう分からない!」っていうくらい、悩んで悩んで泣いてました。
実家に自分の居場所がなく自分の家族が欲しいという執着心があったこと、夫が再婚なのでステップファミリーならではの悩み、そして不妊治療という体への負担と、温度差を広げる原因が色々と存在していました。
当時の私が悩んでいた『夫婦の温度差』についての体験談です。
Contents
不妊治療で私が夫婦の温度差を感じていたワケ
私の妊活において何が一番辛かったかっていうと、流産の次に夫婦の温度差です。
いや、もしかしたら流産したことよりもそのときの夫の態度の方が辛かった、というか夫の無関心な態度が流産の悲しみを更に大きく深い傷にしたというところもあるので、一番辛かったことになるのかもしれない。
私が妊娠したいという気持ちが、焦りや執着になって「
「何してんのよ、
暇か!サボりか!
役立たずか!
やっぱりね、そんな時期は気持ちを分かち合ってくれる存在って、大きいねんな。ありきたりかもしれんけども。
楽しいことは二倍。悲しいことは半分こ。
綺麗事じゃなくて、ホンマにこんな夫婦じゃないと妊活って辛い。多分そんじょそこらの精神力じゃ乗り越えられん。
で、私達夫婦はこれをサラッとやってのけるステキ夫婦かというと、
そんじょそこらの精神力じゃないです。
つまりは汗と涙の結晶です。自分で言う。
妊娠に執着する私、それほどでもなく楽観的な夫

私が妊活を始めたのは長男が1歳になる前のこと。
子供を保育園に預けて復職しようと思ったら区役所で無理だと言われ、だったら先にポンポン産んで子供たちがみな幼稚園とか小学校に入ったら職場復帰だ!さぁそうと決まればさっさと妊娠して産むぞ!!と思った矢先に私に不妊原因(子宮内ポリープやPCOS)があると分かり、どちらも思うようにはいきませんでした。
とはいえ、子供は1人っ子じゃなく何人か兄弟が欲しいという気持ちはあったので、夫婦で迷わず不妊治療を始める決意をしました。
↑ここの足並みの揃い方というか、「私妊娠しにくい体質なんだって。」「じゃあ近所の婦人科に通うより専門のクリニックに行った方が良くない?」っていうここら辺の会話は珍しく夫婦で意見が一致してたな。今思えば。
私は元々母との関係が原因で、家族や我が子というものに対しての執着というか、
説明し始めると長くなるので簡単に言うと、実母とは幼少期からあまり良い関係を築けず、親になれば考えも変わるかと期待したのですがむしろ悪化し、その結果、次男出産前に絶縁しました。今も音信不通です。
そして、私は後妻です。
私は前妻よりも綺麗で可愛くないといけないし、夫が私と再婚して良かったと思ってないといけないし、
さらに私も、築いた家族が理想的じゃないとこう思ってもらえないんじゃないかと不安になって・・・というような、コンプレックスというか強迫観念のようなものがあった気がします。
この自分の抱く家族像への執着心と後妻であることへのコンプレックスが、不妊治療に対して諦めるとか一休みするとかいう選択肢を私に与えなかったばかりか、ガンガン肉食系で攻めまくる姿勢につながったことは間違いないです。
中でも、何が何でも授かるまで諦めないという意地に繋がった原因は『私にとっては2人目。夫にとっては4人目という事実』だと思います。
何もかも初めての私。そうではない夫。

再婚・ステップファミリーにおいて不妊治療する必要があると、そこには100%と言っても過言ではないくらいほぼ確実に、夫婦には温度差が生まれるんじゃないかと思います。
前妻や継子の存在が憎いってワケじゃないです。むしろ継子は私が産んだ4人の兄貴たちとして我が家と自宅を行き来していますし、前妻とも車で送るついでにちょっとお喋りしたりする関係です。
更には私が、前妻と前妻の再婚相手との子どもと自分の娘を呼び間違えるくらいもうみんな兄弟!みたいな感覚なので、周りにも引かれるくらいステップファミリーとしての関係は良好な方だと自負しております。
それでもやっぱり私は自分でもっと子供を産みたかった。
私が長男を授かったときは全然予想していない時期だったので、ずっと夫には飲み過ぎだの食べ過ぎだの言われてて。
検査薬を1人でこっそり試してみると陽性だったので、夫に報告しました。
それ後に「飲み過ぎじゃなくて妊娠って分かったときどう思った?」って聞いてみました。
そしたら夫、こう答えました。
「あ、そうって思ったんとちゃうかな。
だって1人やろ?
前のときはえ、妊娠?ってか双子!?って驚きがあったからよく覚えてるけど。」
私が初めての妊娠や出産や育児でアレコレ悩んだり迷ったりしてても、夫は初めてじゃない上にお腹ん中は1人だけやん?何とかなるやろ?っていうテンションで。「もっと大変やったはずの前妻。」を前提に。
結婚式に関しても、保活問題にしても、マイホーム問題にしても、何かこう大きなライフイベントがあるたびに、夫は前妻との経験を持ち出すんですけどね。
え?その経験談、ごめん要らんわ。
ってなるわけですよ、私からしてみたら。『女は上書き保存、男は名前をつけて保存』ってこういうこと?と認識してみたり。
かっちーーーん でしょ。笑
別に子供の数で前妻と張り合ってるわけじゃないんですけど、いっぱい子供を育ててやるから見とけ?っていう気持ちが夫に対して膨らんでましたね。
見とけ?って言ったところでまず、その2人目を妊娠できずにもがいてたわけなんですけど。
そこで、焦る私に対して楽観的な夫といういわゆる温度差問題が発生したわけですね。
さらに、不妊治療して初めて妊娠検査薬が陽性になりその後流産してしまったとき、夫は私に追い討ちをかけました。
まだ重く痛むお腹と出血のあった私は家で静かに休みたいと夫に訴えましたが、それがちょうど夏休みで義実家に継子たちも全員揃って集まる予定の日と重なったため、「みんな楽しみにしてるからそれは無理。」と却下。
通院するクリニックから涙目で車に乗り込むと、義実家へ行くまでの間に「そんな暗い顔もうやめて。」と言われたのを覚えています。
今思い出しても胸糞悪いわ。
深まる温度差、さらに強まる妊娠したい気持ち

そんなこともあって私の妊娠に対する焦りや意地みたいな気持ちは日に日に強まり、逆に「僕双子もおるし。全部で3人子供おるし。焦らんでもええし。」というスタンスは変わらない夫。
温度差以外の何者でもない。これこそ温度差。
さらに私には不妊治療という身体的な負担が加わるわけです。
3週間以上、注射や薬でタマゴ育ててるわけですわ、こっちは。体重増えたり子連れで通院したり吐き気と戦ったり腹痛に耐えて。
でも平気でタイミングを取る予定の時期に海外出張入れたりして。(夫は自営なので予定は自分で決めるんで、何でわざわざそこに行かなアカンねん!ってなります。)
ある程度は薬で排卵日ズラしたりもできますけどね、そうすると私の負担はさらに増えるわけで。
だから撃沈したら、当然私は落ち込みます。また1からか・・・。ってね。
でも夫は違うくて。「アカンかったか〜次は○日から出張やから、そこ以外でヨロシクね〜♪」ですよ。
悲しみとそのリアクションに対する怒りや驚きやで「うわぁーーーー!!!(絶叫)」って。
タイミングには協力的で、この日だからね!に対して、義務的だの気分が盛り上がらんだの指定された日にするのは萎えるだの、ツベコベ文句言わずにむしろ喜んで取り組んでくれたので、もしもそこにまで問題があったら絶対に今夫婦じゃないと思います。
おそらく夫にとっての妊活は、タイミング取る2、3日と結果だけ。
私のコツコツ身体的負担の卵胞期、意気込みの排卵期、ソワソワの高温期、落ち込む生理期という毎日が妊活という生活と真逆なわけです。
もう温度差が生まれない方がおかしい、生まれて当然とさえ思える。
でも私にしてみれば「はぁ?誰の子供妊娠するために頑張ってると思ってんのよ?」ってイライラを膨らます要素でしかない。
赤ちゃんが、愛の結晶ではなく、もはや戦いの結末のような存在。
追い込まれて発揮した、私の負けず嫌い精神
私が今まで生きてきた決して長いとはいえない(言いたくない)人生の中で、唯一目指した結果が出るまで努力し続けたことが不妊治療です。
私が不妊治療として通院した期間は9ヶ月ほどなので、短いやん!と思う人もいるでしょう。
だけど不妊治療や妊活は、ダイエットや勉強みたいに「頑張ったら頑張った分だけその結果が」ではありません。
「これだけやれば、必ずゴールが来る」と決まっているものでもありません。
いつ終わりがくるか分からない中でがむしゃらに結果を求め続ける精神状態って言うのは、結構ツライもんです。
すごく追い込まれたけど「くっそ!!諦めるもんか!!」という気持ちになった私は人生で初めて必死に努力し、あれこれ調べて試してコウノトリがくるのを待ってるのではなく、自分で捕まえてやる!という意気込みで挑みました。
そして、ありがたいことに次男を授かり出産することができました。
こうやって振り返ってみて、改めて思いました。
2人目妊活の不妊治療中、私は温度差を埋めることはできませんでした。
目指すところが同じだと分かったなら、温度差は諦めて突き進め!
実際に私たち夫婦の温度差は埋まらなかったけど、それは妊活だけの話じゃなくて普段のもっと些細なところから今でも全然埋まってないんですよね。
妊活するにおいて夫婦の温度差は絶対に生まれる。
それがステップファミリーだろうとなかろうと、その妊娠が1人目だろうと2人目だろうと、夫婦の間に温度差はどんな形であれ存在すると思う。
夫婦で目指すところは「2人の赤ちゃんを授かる」で一致している必要はある。
だけど多分話し合いを重ねたところで根本的な夫婦の温度差は解消できないし、この先妊娠できたらできたでまた新しい温度差が待ってる。これも確実。
だけど2人共「欲しい」という同じ意見なら、温度差があっても熱い方が開き直って自分が引っ張ってやってくわ!って勢いで突き進んじゃえばいい。突き進むしかない。
めっちゃ楽観的過ぎて夫にイラついたことも多いし、何で他人事みたいな顔してんの?と思うこともしばしばありましたが(そしてくどいようだが今だって多々ある。)、多分私と同じくらいの温度まで夫が妊活に焦りや苛立ちみたいなものを感じていたら、夫婦で共倒れだったんじゃないかと今なら思う。
夫は「まぁそんな焦らんでも、いつかは授かるやろー。」というスタンスで、それでも家族でお出かけするときに鈴虫寺(←子授け祈願で有名な寺。事実、行くたびに授かってます。)を提案してくれたり、不妊治療の出費が嵩んで申し訳なく思ってると「それは気にするところじゃない。」と言い切ってくれる人でした。
温度は違えど、ちゃんと同じ方向は見てくれていたのかも。
あぁ、何か色々思い返してみて今になって気づくこともあって、ちょっと泣けてきました。
妊娠したい気持ちは強かったけど、温度差が違う夫と離婚して見つかるかどうかも分からない温度差が同じ新しいパートナーを探す…なんていう無謀な妄想を実行してなくてよかった。笑
私は「私ばかりが赤ちゃんが欲しいと思っている」と焦って泣いて悩んでいたけれど、私があれこれ調べて試して意地になっているのを見て、夫は夫で何か思うところがあったんだろうか。
もうちょっと夫婦歴を重ねたらいつか聞いてみようと思う。(今はまだ何かちょっと喧嘩に発展しそうな気もする。)