結婚生活をある程度続けていると、離婚の二文字が頭をよぎることが一度や二度(ならず何度も?笑)あります。
こんにちは、メリッサです。
私は今年結婚10周年を迎えるのですが、もう何度離婚したいと思ったか数え切れません!
- もうこの人と分かり合える気がしない
- 一緒にいるとやりたいことを実現できない気がする
- 夫婦でいることが修行にしか感じられない
こんな風に、夫婦でいることに自信が持てなくなるんだけど、
「離婚して1人でやっていけるのだろうか?親権取れるかしら?子供たちと離れるくらいなら我慢した方がマシだしなぁ。」と思って堪えて。
もちろん辛い事だけの結婚生活ではないので、ずーーーっと常日頃から離婚のことばかり考えてるわけじゃないですよ?
でも先日の口論でまた離婚のことを考えることがあったので、今の気持ちを残しておくことにしました。
Contents
私は離婚した方が良いの?
今回私が離婚したいと思った理由は上記3つが全て当てはまるのですが、一番は「夢の実現の足枷になる。」ということでしょうか。
分かり合えない人と一緒にいるということは、夢を反対されたらもうどうしようもないということ。
想像するとものすごく絶望的な気持ちになります。
決定打は、夫の「君よりも世間体の方が大事だ!」の一言。
(きっぱりハッキリこう言ったんです!!!!!
前記事の愛情表現の仕方が違うという話になったときの口論で。)
私は「子供は自分の世間体を守る道具、子供の希望より世間体が大事」だった母がとても嫌だったはずなのに…
また同じ境遇に陥ってるやんかー!Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン
離婚することは逃げなのか?成長の証なのか?
言われたときは驚愕し過ぎて何も言えませんでしたが、後から思い返してみると、苛立つしムカつくし悲しいし悔しいし、
何でそんなこと言われなきゃいけないのか意味分からん!
落ち込んだし、また「私なんていなくなった方が…」が始まりました。
けど以前より自己肯定感高まってるから、すぐ抜け出せた!笑
そして考えたわけです。
夫婦でいる意味があるのか?
離婚した方が良いのか?
と悩んだとき、私は自分自身に尋ねました。
離婚することは逃げなのか?成長なのか?
離婚が逃げの場合…
分かり合うことの放棄ですよね。
自分を知ってもらおうと伝え続ける努力や、相手を知って受け入れる努力の放棄。
実現させたい夢を叶えさせて欲しいと説得する努力の放棄。
今、目の前で起こっている問題を投げ出すということ。
つまり、修行を途中で棄権するということ。
この場合、自分で蒔いた種を自分で刈り取っていないので、離婚したところできっとまた同じ問題に直面します。
さらに厳しい修行となって、我が身に返ってきます。
離婚で全て解決♫ではなくて一時しのぎにしかならない、というワケ。
離婚が成長の場合…
- 分かり合う努力をする価値がある相手なのか?
- そのパワーをもっと別のことに注ぎたい!
- もう自分は充分に頑張った!けど相手はそこから動こうとしなかった!
と心から思えたら、夫婦関係を卒業して次のステップに進んだら良いと思う。
夫婦はそもそもは類友なんですよね。
自分と全然違うステージにいる人とは出会えないから、縁も繋がらない。
一生懸命努力して一面一面ゲームクリアしていくと、気付けばレベルもアップしています。
だけど相手はそうじゃなかった場合、相手と自分のレベルに大きな差が生まれているかもしれません。
理想はお互い協力し合って一緒にレベルアップしていければ最高、なんですけどね。
相手の心に甘えや傲りや怠けがあれば、手を引っ張るばかりになり2倍疲れます。
自分が蒔いた種は自分で刈り取りますが、人が蒔いた種まで責任を持つ必要はありません。
類友じゃなくなるとき、というのは夫婦と言えどあります。
夫婦でい続けることが逃げになる場合もある
- 離婚したいけど、1人だと収入が足りないしなぁ。
- 親権取れるか分かんないなぁ。
- 周りには夫婦円満で通ってるのに、格好悪いなぁ。
- 子供のためには両親揃っている方が良いよなぁ。
という気持ちだけで夫婦でい続けることを選ぶなら、ちょっと危険です。
夫婦でい続けることが、逃げにもなることもあるから。
一番気を付けたいのが、「子供のせい」にすること。
自分の身に起こることは全て自己責任です。
「子供のため」と言うのは結局子供のせいにしているのと同じ。
相手にも子供にも失礼だ。
分かり合う努力もせず、ただ相手を適当に受け流し、問題には向き合わずにやり過ごす。
蒔いた種に水も与えず、刈り取らず、雑草が生えても知らんぷり…という感じでしょうか。
その後がとっても大変だってことは、想像に容易い。
同じ問題が、形を変えて、より大きくなって、必ず自分の身に降りかかってきます。
現段階の私自身はどれなのか?
自分はどれに当てはまるのかと考えたとき、パッとすぐに「これだ!」というのは分からない。
けれど、唯一ハッキリしていることは『成長のための離婚ではない』ということでした。
なぜなら、私は「自分にできることはもう十分にやり切った!頑張った!」と言えるほど、自分や自分の夢を分かってもらう努力をしてきたとは言えないから。
分かってもらうことを諦めて夫に合わせる努力は、これ以上無理!と言い切れるくらいしました。
だけど、
私は経過を話さないので、誤解を与えることも多い。
不満があっても言わずに我慢して溜め込んで、勝手に爆発するところは変わっていない。
相手に非難されるのが怖くて、思ってることを言わずに飲み込む。
というところは基本的にあまり変わっていません。
つまり、私は受け入れることばかり頑張り過ぎて、伝えることをしていないんです。
(゚ペ)アレ⁇
これ、どこかで見た気がしますね…。
そう、私の愛情表現は相手を受け入れること。言葉で伝えるのは苦手。
詳しくは前記事参照☟
全く同じやないかーーーーぁ!!!
私の人生の課題なのか?そうなのか?きっとそう!と思えるくらい、この『伝える』が重要キーワードになりそうな気配。
自分でもコミュニケーションが課題だと思っているので、これは私の蒔いた種ですね。
刈り取る(課題にクリアする)までは、これから先に何度もテストされるはず。
そういえば過去世を視てもらうセッションでも、私の今世の課題は
『人を助けよう、守ろうとするのだけど、その気持ちがうまく伝えられなくて、そんな相手をどう伝えてどう守り抜くのか。』
って言われたっけ?
というわけで、この難題に挑みますよー!
《まとめ》夫はラスボスなのか…
人生をゲームに例える話を聞いたことがあります。
RPGをプレイしている本物の自分と、画面の中の自分(←こっちがこの世を生きる私)っていうやつ。
勇者が戦う理由は、この人生の目標・夢。
つまり夢は敵をやっつけないと実現できません!
それで言うと、夫は私のパーティーのメンバーではなくて、完全にラスボス的な立ち位置ってことになりますね。汗
・・・いや、待てよ?
もしかしたら、最近の仮面ライダーとか戦隊シリーズと一緒で、最初は敵として現れるんだけど、戦っている途中で仲間になるやつでしょ!
きっとそう! ゜∀゜ピコーン‼
って考えてたら攻略が楽しみな気分になってきました。笑
ココでも大切なのは「自分がどうしたいか?」(自分軸で決めること)です。
したくないことをするときは楽しみな気分にはなりませんから、今はこの路線で合ってる気がします。
「いやその前に、夫婦なんだから愛し合ってたらそんな小難しい事考えなくても良いっしょ?」って声が聞こえてきそうですが、それだけで突き進めるタイプじゃないからそもそも悩むんすよね~。
※自ら人生という修行を茨の道にして、厳しい(=つまりそれだけ刺激と成長が多い)ものにしようとする、私はドM戦士です。